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佐賀城本丸歴史館の北廊下の画像

日本の近代化のトップランナーだった 佐賀藩の偉人・功績を巡る3スポット

あそぼーさが編集部
2023年03月23日

日本の近代化をリードした幕末維新期の佐賀藩。現代に残る科学技術や偉人の功績を佐賀市内の至る所で垣間見ることができます。世界的視野で日本の未来を見据え、時代のトップランナーだった佐賀の城・偉業・偉人を巡り、壮大なる歴史の息吹を肌で感じながら、佐賀藩の時代へとタイムスリップしましょう。

佐賀城本丸歴史館

天保期の佐賀城本丸御殿を復元 壮大なスケールの「歴史ミュージアム」

佐賀城本丸歴史館の外観の画像

「佐賀城本丸歴史館」は、日本で初めて本丸御殿を復元した施設です。10代藩主鍋島直正が再建した佐賀城本丸御殿を、天保期の遺構を保護しながら復元。その規模は実に2500㎡にも及んでいます。
この「御玄関」は幕末期には藩主など特別な人が利用していたところで、現在は歴史館への入口になっています。堂々とした風格は思わず見惚れるほどです。
 

外御書院の画像

一之間、二之間、三之間、四之間と廊下を合わせた320畳もの大広間「外御書院」です。ここは佐賀藩の公式行事が行われていた場所で、幕府からの贈答品受取やお世継ぎのお披露目などが執り行われていました。
1838(天保9)年に本丸が完成した当時は、千人もの家臣が集まったと言われています。
 

北廊下の画像

一直線の畳敷きが美しい、45m続く「北廊下」です。板の間の廊下とはまた違った雰囲気で、実際に見ると圧巻の一言です。
 

御三家座の展示物の画像

「御三家座」は佐賀藩の支藩だった、小城・蓮池・鹿島の御三家の部屋だったところです。現在では佐賀城の変遷や復元した際の過程を貴重な資料などを公開。佐賀城本丸の復元は、当時の「佐賀城御本丸差図」や古写真をもとに行われました。建設の経緯とともに、本丸御殿が当時の建築技術によって復元されていることを紹介しています。

御座間の画像

藩主・鍋島直正の居室だった部屋「御座間」です。他の部屋と比べて柱が黒ずみ、損傷もあるのが特徴です。その理由は建設された1838(天保9)年当時の部材が残っているためです。本丸御殿は明治時代になると役所や学校などに利用され、老朽化とともに解体されたのですが、御座間は移築して利用され続けました。そして復元に合わせて元の場所に戻されました。

鯱の門の画像

1838(天保9)年の姿を残す「鯱の門」は、国重要文化財。屋根の両側に青銅製の鯱(しゃち)があることから「鯱の門」と呼ばれています。1874(明治7)年の佐賀の乱の銃弾跡が残り、当時の戦闘の激しさがしのばれます。

鍋島直正公の銅像の画像

佐賀藩10代藩主・鍋島直正公。銅像が鯱の門の北側、佐賀城公園にあります。佐賀藩の財政改革と近代化政策を推進し、佐賀藩を幕末の雄藩にのし上げた張本人です。マネジメント力とリーダーシップを発揮し、日本の近代化をリード。佐賀藩の躍進は、彼なしでは成し遂げることができなかったかもしれません。

佐賀県立佐賀城本丸歴史館

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佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館

佐賀県初の世界遺産!近代日本の礎を築いた幕末の佐賀藩の洋式海軍の拠点

佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館の外観の画像

佐賀出身で、幕末から明治期にかけて活躍した佐野常民の功績と佐賀藩三重津海軍所跡を知ることができる歴史館。三重津海軍所跡の世界遺産登録から5年を機に、2021年にリニューアルオープンしました。
地中に眠る「見えない世界遺産」三重津海軍所跡のドライドック木組遺構の一部を原寸大模型で展示するなど、見どころ満載です。

【三重津海軍所跡とは?】

幕末の佐賀藩の洋式海運の拠点だったところです。幕府から長崎警備を命じられていた佐賀藩は警備の強化のため海軍の伝習機関や洋式船の修理施設(ドック)を設置しました。2015年7月に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製銅、造船、石炭産業」の構成遺産の一つとして世界文化遺産に登録されました。
 

佐野常民像の画像

歴史館の入り口にある銅像。この方が佐野常民さんです。一言で表現するなら、マルチな才能の持ち主。西洋医学、蘭学を学び、蒸気機関の研究や長崎での海分伝習に参加し、三重津海軍所の発展に尽力してきました。またパリやウィーン万博での活躍や博愛社(日本赤十字社の前身)の創設など、先進性や溢れる人間愛も彼を語る上で外せません。

1階の「三重津海軍所跡展示室」の大型スクリーンの画像

1階の「三重津海軍所跡展示室」では縦7m、横15mの大型スクリーンにて、4K映像でドックを分かりやすく紹介。洋式海運の伝習や洋式船の修理、蒸気船建造などの様子が映像で展開されています。ドライドックでの作業風景のあと、三重津海軍所で建造された国内初の実用蒸気船「凌風丸(りょうふうまる)」が航行する姿は迫力満点。まるで当時にタイムスリップした感覚に。
 

木組遺構の一部を再現した原寸大模型の画像

施設の目玉。三重津海軍所跡の象徴的遺構・ドライドックの木組遺構の一部を再現した原寸大模型です。高さ3m、横8m、奥行き7mあります。杉板や松の丸太を使った木組を階段状に設けてドックを築いた様子がリアルに再現されています。

三重津海軍所跡展示室の画像

三重津海軍所跡の変遷、運用や遺跡の価値などについて紹介しているコーナーです。長崎での海軍伝習がどのように三重津海軍所に引き継がれていったのか、佐賀藩保有の洋式船とその運用・メンテナンス、国産初となる実用蒸気船「凌風丸」の建造への取り組みなどについても、模型や資料、出土遺物などによって解説されています。

映像ホール、イベントホールの画像

幕末佐賀藩の近代化の背景や三重津海軍所のヒストリーなど、実際の空撮映像などを交え分かりやすく紹介しています。大画面いっぱいに空撮やCG映像が流れ、迫力満点。

佐賀藩の近代化事業展示室の画像

2階の「佐賀藩の近代化事業展示室」は、佐賀藩第10代藩主鍋島直正の偉業と佐賀藩を支えた偉人の功績を紹介するコーナー。大型の鉄製大砲を鋳造するための反射炉の建造など、鍋島直正が挑戦した内容をパネルや資料で解説。佐野常民をはじめ、佐賀藩が行った近代化事業を支えた偉人たちについても詳しく紹介しています。

佐野常民展示室の画像

佐野常民の波瀾万丈な人生を全長23mの年表と映像で紹介するコーナー「佐野常民展示室」。映像シアターでは佐野常民の80年の生涯をパノラマ映像で映し出します。まるで1つの壮大なドキュメンタリー映画のようで、見応え抜群。年表では、佐野常民に関する裏話など、ここでしか見ることができない貴重な資料もあり、必見のコーナーです。

三重津海軍所跡の画像

発掘調査で発見されたドライドック木組遺構は、保存のため地中に埋め戻されています。その場所が歴史館の前に広がる河川敷。世界遺産がこの地中にあるのです。「見えない世界遺産」を見るために、受付で公式ガイドシステム「れきナビ」を借りましょう。専用の端末(無料)を通して三重津海軍所跡を見ると、当時の映像が映し出され、まるで江戸時代に迷い込んだ気分に!

佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館

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大隈重信記念館・高輪策堤

近代国家建設のために 奔走した大隈重信の 軌跡を辿る

大隈重信像の画像

幕末・維新期にかけて活躍した「佐賀の七賢人」の一人・大隈重信。優れた政治家・教育者。明治政府の中心人物として活躍し、早稲田大学の創立者で内閣総理大臣を2度務めた人物です。父は佐賀藩氏。子ども時代から成績はトップクラスだったとか。そんな大隈重信の記念館をご紹介します。

大隈重信記念館の外観の画像

大隈重信記念館は、生誕125周年を記念し、1967(昭和42)年に開館しました。ガウディ建築を日本に初めて紹介した、早稲田大学名誉教授・今井兼次博士の設計によって建築されました。ステンドグラスが施され、細やかな造形の美しさに目を惹かれます。建物は登録有形文化財に認定されています。

大隈重信記念館のエントランスの画像

入口の扉を開けると、目の前には重厚な雰囲気漂うレッドカーペットを敷いた階段が現れます。柱をアーチで結ぶなど、やわらかい曲面が印象的です。これは建物自体が、大隈重信の人漸増・人間愛を体現した芸術作品としての特色でもあります。

大隈重信侯展示室の画像

大隈重信にまつわる歴史資料を展示し、功績や生き様を紹介したコーナーです。「日本に大隈あり」と世界にその名を轟かせた大隈重信。佐賀藩の学校を卒業後、長崎で英語を勉強。その際三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎や商人のトーマスグラバー、さらに坂本龍馬など、名だたる人物たちと出会い、ビジネスの力を磨いたと言われています。

ライブラリー・カフェの画像

1階にあるライブラリー・カフェでは、映像や本の資料を見ることができます。コーヒー(100円)を提供中。庭園側にはテラスもあるので、ゆっくりとくつろぎながら大隈重信に思いを馳せることも。

大隈重信旧宅の画像

記念館に隣接する「大隈重信旧宅」。生家は天保年間以前に建てられた貴重な武家屋敷で、国指定の史跡です。建坪は30坪。あし葺の2階建になっていて、1階は座敷と茶の間と玄関。2階が大隈重信の勉強部屋でした。この勉強部屋は毎月5の付く日のみ、見学することができます。

大隈重信記念館

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高輪築堤展示(佐賀県立博物館)

鉄道開業に尽力した功績がココに!

高輪築堤展示の画像1

1872(明治5)年9月12日、日本初の鉄道が新橋〜横浜間で開業しました。その大事業を成功に導いたのが、大隈重信です。日本の近代化のための急務として鉄道建設を決断した矢先、陸軍が土地の提供に難色を示し用地取得が難航。そこで海の上を走らせることを決断。その時に造られたのが「高輪築堤」です。館内では鉄道開業までの物語を映像で紹介しています。

高輪築堤展示の画像2

海上に線路を通すため、約2.7kmの築堤が建設されました。大隈重信のダイナミックな発想力と決断力でさまざまな困難を乗り越え、日本を拓いた鉄の道です。東京・高輪ゲートウェイ駅周辺工事の際に発見された「高輪築堤」の一部を鉄道開業150年の2022(令和4)年から大隈重信のふるさと・佐賀に再現展示しているのです。

高輪築堤展示3

佐賀県立博物館の屋外に再現展示されている「高輪築堤」。全長約10m、高さ約1.9m。出土した約300個の石を当時の積み方で組み上げて再現しています。上に敷かれたレールは当時のものを採寸し、再現。館内からも見えるように展示されています。

佐賀県立博物館の外観の画像

佐賀県立博物館は、佐賀城公園の一角にあります。周囲は自然豊かな緑に包まれ、散策やピクニックするのにぴったりなスポットです。屋内外に展示されている「高輪築堤」は、どちらも無料の閲覧ゾーンにありますので気軽に立ち寄れるのも嬉しいポイントです。大隈重信の鉄道にかけた熱い思いをぜひ体感してください。

佐賀県立博物館・高輪築堤展示

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あそぼーさが編集部

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    佐賀との県境で育った福岡県在住ライター。虫嫌いで運動音痴なのにキャンプ、サイクリング好き、休日は幼い娘と公園&食べ歩き。私の愛する佐賀は、佐賀平野の田畑を走る神埼北茂安線の風景。小麦畑、水田、収穫後の地平線と、季節ごとの変化がたまりません。

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