日本磁器発祥の地、佐賀県有田町。町内をはじめ周辺地域には、今も多くの窯元とやきもの専門店があり、観光客に人気のカフェや雑貨屋も点在しています。
また町を歩けば、登り窯に使われる耐火レンガを再利用した「トンバイ塀」の小路、有田焼の源となった泉山磁石場、伝統的な建築物など趣ある風景にも出合うことができます。そんなやきものの里をより楽しむために、有田焼のルーツや歴史に触れられるスポットを訪ねてみませんか。うつわを愛でる審美眼も養われるかもしれません。
有田焼400年の歴史の出発点、泉山磁石場
有田の中心部からほど近い泉山で磁器の原料となる良質な陶石が発見されたのは、17世紀初頭のこと。朝鮮人陶工の李参平(日本名:金ヶ江三兵衛)らが発見し、日本初の磁器の大量生産に成功しました。現在では、より使いやすい熊本県の天草陶石などに置き換わり、泉山の陶石はほとんど使われていませんが、昭和55年、一部が国の史跡に指定。独特の景観が有田焼のルーツを現代に伝えています。
泉山の陶石。表面が黄金色に見えるのは、岩石中に含まれる鉄分が空気に触れて酸化したため。鉄分の少ない部分は白色をしています。採掘された石は細かく粉砕され、水と混ぜて粘土状にした上でやきもの作りに使われます。明治後期には年間1万トンもの陶石がここから掘り出されていました。
安全のため磁石場の中へ入ることはできませんが、周辺にも独特の色をした陶石が散らばっています。江戸時代には、皿山代官所によって厳しく管理されていた泉山。「400年かけてひとつの山をやきものに変えた」と言われるほど、昔と今で、山の形はまったく変わってしまったようです。
泉山磁石場のすぐ隣にある「石場神社」も、由緒ある石場の守り神。秋には周辺が美しく紅葉します。また敷地内には、高麗神と刻まれた石祠や、採掘した跡と思われる岩盤のはるか高所に掘られた、謎の祠なども見ることができます。
拝殿の隣に安置されている、“陶祖”李参平の坐像。磁器で作られています。なお泉山の周辺には、この神社のほか、有田町歴史民俗資料館や先人陶工之碑、磁石場への出入りを厳しく管理した番所跡など、有田焼の歴史を感じられるスポットが点在しています。
泉山磁石場
見応え満点!九州陶磁文化館で有田焼を学ぶ
泉山磁石場で有田焼の原点を目の当たりにした後は、車で約7分の佐賀県立九州陶磁文化館へ。この博物館は昭和55年に開館し、平成5年、館に寄贈された柴田夫妻コレクションのための展示室が新設されました。そして令和4年4月に常設展示室やミュージアムショップを一新。有田焼をはじめ、九州各地のやきものについて楽しく学ぶことができます。
リニューアルした常設展示室で最初に目に飛び込んでくるのが、最新の映像技術を使った大きなお皿のアニメーション。有田焼のデザインの美しさを、楽しい映像で立体的に紹介してくれます。
江戸時代以降にヨーロッパに渡った有田焼(古伊万里)を蒐集していた有田町名誉町民の故•蒲原権氏のコレクション。見事な古伊万里の数々とともに、ヨーロッパで作られた模倣品も展示されているため、両方を見比べてみるのも面白いです。
江戸時代に有田焼がどのように生活の中で使われていたのかを紹介するコーナーです。お茶・お香の道具や書道の筆など、実用性だけではなく所有者の好みを反映するものとして重宝されていたことが伝わってきます。
新しく登場した子どもにも人気のコーナー。有田焼に描かれている伝統的なモチーフを使って、自分だけのオリジナル有田焼をデザインすることができます。完成した図柄は、目の前の大きなモニターに映し出され、自分の作品と一緒に記念撮影ができます。
佐賀県立九州陶磁文化館
赤絵と濁手の技法を創始した柿右衛門窯
九州陶磁文化館で有田焼の「柿右衛門様式」として紹介されていたのは、美しい色絵が映える乳白色の「濁手(にごしで)」の磁器。これら色絵(赤絵)と濁手の技術を17世紀に試みて有田焼に取り入れた窯元が、柿右衛門窯です。
柿右衛門窯の初代は、1647年頃、伊万里の陶磁器商人の協力のもと日本で初めて赤絵磁器を完成させた酒井田喜三右衛門という人物。以後370年もの間、有田の地で磁器をつくり続け、現在、十五代酒井田柿右衛門が継承しています。
温かみのある乳白色の磁器素地を生かして色絵を描く濁手の技法は1670年代に完成。柿右衛門様式はヨーロッパでも大流行したそうです。1700年代以降しばらく中断してしまったものの、十二代と十三代に始まる考証・保存への努力が実り見事復興。1971年には「柿右衛門(濁手)」が国の重要無形文化財に指定されました。
柿右衛門窯の作品は窯元の展示場で実際に見て買うことができます。※工房見学はできません
人間国宝の十四代酒井田柿右衛門をはじめとする歴代柿右衛門の代表作は、敷地内にある「柿右衛門古陶磁参考館」でじっくり鑑賞できます。
柿右衛門窯
昔ながらの制作現場を見学できる源右衛門窯
九州陶磁文化館で、有田焼に関する基礎知識を学んだ後に訪れたい場所が、実際の窯元です。多くの現場で機械化が進む中、260年以上の歴史を誇る源右衛門窯は、文化継承の担い手として今も昔ながらの手作業と分業を続け、工房を一般に公開。職人たちの繊細かつ大胆な手技を、間近で見学することができます。
源右衛門窯の「細工場(さいくば)」は築160年の木造建築。室内中央にかまどが残る広々とした土間空間の随所で、ろくろ成形や絵付けなどの各工程を受け持つ職人さんたちが黙々と作業を進めていきます。
こちらは、極太の筆を使って繊細な図柄の中や周囲を塗りつぶしていく濃み(だみ)という工程。下絵付け段階の濃みでは、線描きと同じ「呉須(ごす)」という絵具を水で薄めることで濃淡を表現するそうです。太い筆先を使い、細かな面を瞬時に呉須で埋めていく見事な技に目が釘付け。しかも焼き上がると墨色だった部分がすべて鮮やかなブルーに変わるので、まるで魔法のようです。
ろくろ成形を行う一画では、3人のろくろ師がそれぞれ異なる器に向き合っていました。粘土状の坏土(つち)が職人の手によって皿や碗、壺などへ姿を変えていきます。成形後は天日乾燥し、再びろくろ師が表面を削って、同種の器すべてを同じサイズ・厚みに整えていくのです。職人の手先から生み出される白い器を見ていると、泉山で見た磁石の白色が脳裏によみがえってきます。
陶工さんが働く細工場の向かいには直営のショールームがあり、日常使いできる手頃な器から、一点ものの大型作品まで源右衛門窯のあらゆる作品を見ることができます。もちろん購入も可能。気になる作品を見つけたら、用途や特徴などスタッフの方に気軽に尋ねてみてください。
源右衛門窯の作品の特徴は、鮮やかで躍動的な絵柄。伝統的なパターンであっても、構図や色を変えることでモダンな作品に仕上がっていて、目を楽しませてくれます。工房で見た濃みの技が、実際の作品でどう焼きあがっているのかを確認してみるのも楽しいでしょう。
源右衛門窯
今回紹介した有田焼について学べる4つのスポットは、有田観光協会が窓口となっている「有田観光まちなかガイド」(有料、要予約)でも訪れることができます(窯元見学に関しては、時間の都合上、源右衛門窯か柿右衛門窯いずれか一方のみ)。
https://www.arita.jp/kankougaido/