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写真:武雄温泉新館の2階および屋根部分の外観

東京駅の兄弟姉妹たち? 唐津市・武雄市の 辰野金吾建築コレクション

あそぼーさが編集部
2024年08月23日

佐賀からは、日本の近代化をけん引した人びとが多く誕生しました。その一人、現在の唐津市出身の辰野金吾(たつのきんご、1854年生、1919年没)は「日本近代建築の父」ともいわれます。辰野が手がけた建築物の中でも、東京駅丸の内駅舎は今年7月に発行された新一万円札の図柄にも取り入れられ、日本を代表する近代建築といえます。
その東京駅と、武雄市の「武雄温泉楼門」の不思議なつながりが話題になっています!この記事では辰野の監督下で制作された唐津市の「旧唐津銀行」もあわせてご紹介。佐賀県内に残る辰野金吾関連の建築物を、ガイドさんが教えてくれたエピソードをまじえて見ていきましょう。


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後進との合作「旧唐津銀行」

写真:旧唐津銀行の正面左寄りからの外観

JR唐津駅から徒歩約10分、唐津バスセンターからは徒歩3分ほど。唐津市街の街角に「旧唐津銀行」の美しい姿が佇んでいます。
現在は佐賀県指定の重要文化財となっており、辰野金吾記念館として一般公開されています。開館時間内であれば、館内を自由に見学できます。
2024年7月以降は、日本銀行から唐津市へ贈呈された記番号「7番」の新一万円札が館内に展示されています!

写真:旧唐津銀行の正面右寄りからの外観

日本初の西洋建築家である辰野は、多くの傑作建築を生みだしただけでなく、建築界の発展や後進の育成にも力を注ぎました。
辰野が育てた若き建築家で、唐津銀行本店を辰野から託されたのが田中実(たなかみのる)です。唐津銀行の設計依頼を受けた当時、東京駅の設計に取り組んでいた辰野は、郷土の発展に資する銀行の建築設計を愛弟子の田中に託し、自らは設計監修を行いました。
師匠の期待に応えて、田中は「辰野式」といわれるクィーン・アン様式を日本化したスタイルで旧唐津銀行を作り上げました。赤いレンガや白い石壁を取り入れ、変化に富んだデザインが特長です。当時の唐津の人々は、街角に華やかな建物が完成して、きっと喜んだでしょうね。

写真:旧唐津銀行1階の営業室ホール。右側にカウンターがあり、左側の壁面には大きな窓がついている

この建物は1912(明治45)年に唐津銀行本店として竣工しました。1階は営業室や金庫室として使用され、2階には総会室や貴賓室などが設けられています。

写真:木製のカウンター。彫刻を施した柱と鉄格子でカウンター内とフロアを仕切っている

館内に入ってまず目につく1階営業室のカウンターも、実際に顧客と行員がやり取りをした遺構です。
カウンターの鉄格子は、戦時下の金属回収令により2枚を残して供出されましたが、その2枚を参考に後年再現制作されました。格子の縦横組み合わせ部分のひねりは、ひとつひとつ手で細工されたものだそうです。

写真:1階フロアから階段を見上げる様子
写真:赤じゅうたんが敷かれた螺旋階段を見おろした様子。中央に手すりがついている

2階に続く階段は手すりの美しい曲線が目を惹きます。赤じゅうたんに立てば、まるで映画のワンシーンに入り込んだ気分。
なお現在はエレベーターが増設され、階段の昇り降りが難しい方も2階を見学できます。

写真:2階総会室の様子。天井に瀟洒なイメージのライトがついている。フロアにはイーゼルにかけられた解説パネルが置かれている。画面奥の壁面に貴賓室につながる出入口がある

2階で一番大きな部屋は総会室です。こちらでは企画展示を見学できます。
その他の2階の部屋にも、建築物見学の理解がより深まる解説パネルもたくさんありますよ。また辰野が学んだ唐津藩の英学校「耐恒寮(たいこうりょう)」など、辰野のルーツに触れる展示もあります。

写真:壁に設けられた暖炉。大理石に彫刻が施されている

石炭産業が隆盛した時代背景もあってか、各部屋に立派な暖炉が設けられています。写真の2階貴賓室の暖炉は、乳白色の大理石彫刻が見事ですね。現在は煙突がふさがれており、使用できません。

貴賓室は窓の装飾やカーテンのドレープなども見どころ。建築当時のものを参考に後年再現したものですが、明治末期の時代の空気を今に伝えています。
このような細かい意匠にまつわるエピソードも、ガイドさんが詳しく教えてくれますよ。

唐津に里帰りした「辰野金吾モニュメント」

写真:街角に設置されている辰野金吾の立像

最後に見どころをもうひとつご紹介。建物の入り口から角を回り込むと、等身大の辰野金吾モニュメントが展示されています。
2018年3月から2019年1月にかけて開催された「肥前さが幕末維新博覧会」では、佐賀市の市街地に佐賀出身の偉人たちのモニュメント25体が展示されました。博覧会終了後、偉人それぞれのふるさとにもモニュメントが追加設置されることとなり、辰野のモニュメントはこの旧唐津銀行前に里帰りを果たしました。
右手に持っているのは図面と製図用具でしょうか。まっすぐなまなざしは、現在までつづく日本の未来を見つめているようにも思えますね。
田中実をはじめ、多くの後進たちも辰野のまなざしに大いに奮い立ったのではないでしょうか。

スポット情報(2024年8月23日現在)
スポット名 旧唐津銀行(辰野金吾記念館)
住所 佐賀県唐津市本町1513-15
電話番号 0955-70-1717
営業時間 9時から18時
定休日 12月29日から12月31日
料金 施設観覧料:無料
常設展示観覧料:無料
駐車場 旧唐津銀行専用駐車場隣接
駐車台数:普通車19台
駐車料:1時間につき100円
アクセス 【公共交通機関】
JR唐津駅から徒歩約10分
【車】
西九州自動車道唐津ICから車で15分
備考 旧唐津銀行ホームページ(外部リンク)
ガイドについて (一社)唐津観光協会を通して「唐津よかばいガイドの会」へお申込みください。
お問い合わせ電話:0955-74-3611

旧唐津銀行 ー辰野金吾記念館ー

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辰野が手がけた貴重な和風建築「武雄温泉楼門・新館」

辰野といえば日本における洋風建築のパイオニアですが、「武雄温泉楼門・新館」は、彼が残した稀少な和風建築作品のひとつ。1914(大正3)年に着工し、翌年に竣工しました。
現在は全国から見学のお客様が訪れ、建築を志す若い方や、ひとり旅の女性の方も多いそう。JR武雄温泉駅から徒歩15分ほどの立地の良さも魅力です。

武雄温泉楼門の内部へ

写真:武雄温泉楼門正面左寄りの外観

漆喰塗の壁の白と、木造屋根部分の朱塗りのコントラストが美しい楼門は、武雄温泉のシンボルともいえる存在。2005(平成17)年に国指定の重要文化財となり、2013(平成25)年に保全・補修工事が行われて建築当時の朱塗りが再現されました。
「楼門干支見学会(ガイド付)」は、火曜日を除いて毎日9時から9時30分が受付時間です。楼門内部に入場できるのはこの見学会のみなので、ぜひどうぞ。

写真:楼門内部の階段を横から眺めた様子
写真:楼門内部の階段を下から眺める様子。階段上の2階天井がわずかに見える

2階に登る階段も手すりの赤と壁面の白が非日常感を誘います。竜宮城を訪れた気分を味わえますよ。

写真:楼門内部2階からの窓の外の様子。手前に屋内の朱塗りの柱、朱塗りの窓枠が見える。窓の外にまっすぐな道があり、左側の道と交差している

2階からはこの眺望!まっすぐに伸びる道と交差する道が長崎街道です。この道を通って、さまざまな文物や人々が往来しました。
窓にはめられたガラスのうち、一部は建築当時のものが残っています。当時は平板なガラスの製造技術が発達していなかったため、波打つガラス面を通して外の景色がゆらゆらと揺れるように見えます。ちょっとレトロで面白い眺めですよ。

写真:楼門2階の様子。壁面に大きなガラス窓が設けられている。朱塗りの長押の上に茶色い梁がある

釘を1本も使わず作られたこの楼門、実際に建築作業にあたったのは、日本古来の伝統建築を手掛ける宮大工さん達です。
洋風建築を学んだ若き日の辰野が、東大を首席で卒業した特権としてロンドンへ留学した時の逸話として、現地で日本の建築について質問された際に満足に回答できなかった…というエピソードが伝わっているそうです。その経験が、翻って伝統建築へのリスペクトにつながり、後年の傑作である武雄温泉楼門を生みだしたのかもしれませんね。
なお現在は補修工事を経て耐震構造(写真の茶色い梁など)が追加され、安全に見学することができます。

楼門の見どころ、天井四方の干支

写真:楼門2階の天井

東京駅の八角ドームを補完するのでは?と、近年話題になったのが楼門の天井四方の干支の透かし彫りです。
この楼門は東京駅とほぼ同時期に制作されたもの。ここにある卯(うさぎ)、酉(とり)、子(ねずみ)、午(うま)の透かし彫りと、東京駅の天井にある八つのレリーフを合わせると十二支が完成します。
東京駅の干支たちはかなりの高さにありますが、ここでは手が届きそうな距離でじっくりと見学できますよ。

写真:楼門2階天井の角の酉の透かし彫りが入った杉板
写真:楼門2階天井の角の午の透かし彫りが入った杉板

カーブを描く酉の尾羽や、午のポーズの躍動感に注目!今にも羽ばたいたり走りだしたりしそうです。

写真:楼門2階天井の角の卯の透かし彫りが入った杉板
写真:楼門2階天井の角の子の透かし彫りが入った杉板

子や卯は丸みのあるフォルムが独特のかわいらしさ。透かし彫り部分には格子状の網が張られています。

透かし彫りがない天井板も、縦横を交互に組み合わせた木目の美しさが目を惹きます。「細かい意匠まで観察できるのもこの距離感ならでは」と、ガイドさんが案内してくれました。
楼門2階には辰野が手書きした設計図の複製も展示されており、建築好きな方にはぜひ見学して欲しいスポットです。

武雄温泉楼門

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大正ロマンの雰囲気に浸れる武雄温泉新館

写真:武雄温泉新館のやや遠目の外観。背景に木々が茂った低山が見える
写真:屋根の上に松と竹をかたどった瓦、軒下に梅のオブジェクトがある様子

楼門の奥にある「武雄温泉新館」。一時は台風災害などの影響で傷んでいましたが、2003(平成15)年に復原工事が行われ、建築当時の華やかな姿が蘇りました。その後、2005(平成17)年に国指定重要文化財となっています。現在は資料館として、開館時間中は自由に入場できます。

唐破風と千鳥破風が重なる屋根が見事です。よく見ると、瓦などには松竹梅の意匠。人々が集まる温泉街をめでたいもので祝福しようとした、作り手たちの心意気が伝わるようです。

写真:武雄温泉新館2階の廊下。右側壁面の窓から外を眺められる

ガイドさんの案内でまずは2階へ。
廊下には大きな窓が設けられ、眺望を楽しめます。

こちらはフォトスポットとして人気の「花灯窓」。正面に楼門を眺められる設計は当時からのものですが、約100年後に誰でも手軽に携帯端末で撮影できる時代が来ると、辰野は予測していたのでしょうか…?

写真:壁面に窓がある廊下の様子。
写真:廊下の角。床板が縦横交互に組み合わせられている

窓の格子や天井から下がるライトなど、いたるところに大正時代の香りが漂います。
廊下の角の床板が交互に組み合わされた意匠も、建築好きな方にはたまらない見どころですね。

写真:武雄温泉新館1階の浴室。壁面、浴槽ともにタイル貼りで仕上げられている
写真:武雄温泉新館1階の浴室の天井。中央に八角形の窓がついている

1階は大衆浴場として使用されていた浴室が残っています。
八角形の天井の構造が、ちょっと東京駅の八角ドームを連想させますね。
浴槽に使われているタイルの一部は、工場で生産されたタイルとしては日本最古のもので、佐賀県内の有田町で作られたそう。佐賀特有の産業文化が垣間見えます。

写真:マジョリカタイルをあしらった浴槽

こちらも1階の浴室です。
建築様式は和風ながら、洋風なマジョリカタイルをあしらった浴場は、当時とてもハイカラな温泉リゾートとして人気だったことでしょう。

写真:新館館外にあり、鋼板の覆いをつけられた浴室。そばにガイドの女性が立っている

こちらは新館の屋外に残っている特別な浴室の遺構です。ふだんは閉鎖されていますが、ガイドさんの案内で見学することができます。

写真:美しい模様タイルを全面に貼った浴槽

大正天皇の御幸にあわせて制作したといわれますが、残念ながら実際に使われたことはなかったそうです。草花の絵付けや幾何学模様が美しく、一見の価値がありますよ!

歴史上の有名人たちが訪れた武雄温泉

写真:「秀吉公温泉掟書」を収めた額が壁にかけられている様子。その下に解説パネルが掲示されている

16世紀の末、豊臣秀吉の命により、名護屋城(現在の唐津市)に全国の大名や武将たちが集結した文禄・慶長の役。
この時集まった人々も、名護屋から武雄温泉へ湯治に訪れたそう。秀吉が発行した「武雄温泉の掟書」が残されており、湯治客と武雄の住民にトラブルが無いよう配慮されていたことがわかります。
天下人や名だたる大名たちにも武雄温泉が大切にされていた証ですね。

写真:武雄温泉新館1階のフロア。解説パネルが多数展示されている

他にも新館1階には武雄温泉の歴史に触れる資料が多数展示されています。
伊達政宗や宮本武蔵、シーボルトなど歴史上の有名人もたくさん訪れたそうですよ!

スポット情報(2024年8月23日現在)
スポット名 武雄温泉楼門・新館
住所 武雄市武雄町武雄7425番地
電話番号 0954-23-2001(武雄温泉株式会社)
営業時間 新館開館時間:9時から18時
楼門干支見学会:9時から10時(※受付9時30分まで。ガイド付き)
定休日 新館休館日:なし
※楼門干支見学会は毎週火曜日休み
料金 新館入場料:無料
楼門干支見学会:(文化財保護協力費として)大人500円、子ども250円
※楼門干支見学会には元湯入浴券が付きます
ガイドについて その他の市内観光ガイドは、(一財)武雄市観光協会を通して「武雄温泉ボランティア観光ガイド友の会」へお申込みください。
観光ガイド案内ページ(外部リンク)

武雄温泉新館

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唐津と武雄、偉人の想いに触れる旅

唐津と武雄に現存する対照的な辰野金吾建築をご紹介しました。
どちらも人気の観光地です。旅の中で、偉人たちの想いが込められた建築物を訪れてみてはいかがでしょうか?

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あそぼーさが編集部

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    柴田愛梨

    愛知県岡崎市出身。お試し移住などを体験し、佐賀の虜に。
    現在は海の近く唐津市に拠点を置き、フリーランスで活動中。歴史、やきもの、温泉、おいしい食べ物…そして人の温かさ。佐賀の魅力は数え切れないほど。楽しみながら魅力発信をしていきます!

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    中島丈晴

    佐賀を訪れる人は街や町、スポットを創り上げる人々とそこに至るストーリーに共感されているのではと感じています。
    『佐賀経済新聞』運営や『佐賀バルーンフェスタ』広報等を担う中でふと気づく、佐賀の人やスポットのストーリーをお伝えしていきます。

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    佐賀県神埼市出身。趣味は、新店めぐり、山登り、映画&ドラマロケ地巡礼。神埼そうめん、北方ちゃんぽん、日ノ隈山山頂からの田園風景が大好き。佐賀の温かい人々との出会いを大切に、地元の魅力を再発見・新発掘できる旅を提案します!

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    池松晃弘

    佐賀って実はディープ!知れば知るほどハマる魅力的なスポットと楽しみ方をお届け!
    神奈川県出身、九州を拠点に活動するフリーライター。28歳で福岡へ移住。瞑想が趣味なので、マインドフルネスになれるスポットをご紹介します。

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    あやか

    佐賀生まれ、理系大学生!食べることやお出かけが好きで、Instagramで佐賀の美味しい情報を毎日発信中。趣味はヨガ、好きな食べ物はプリンとお寿司。ライター初挑戦中ですが、私の記事が佐賀を知る、より好きになるきっかけになれたら嬉しいです!

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    sora camp

    佐賀との県境で育った福岡県在住ライター。虫嫌いで運動音痴なのにキャンプ、サイクリング好き、休日は幼い娘と公園&食べ歩き。私の愛する佐賀は、佐賀平野の田畑を走る神埼北茂安線の風景。小麦畑、水田、収穫後の地平線と、季節ごとの変化がたまりません。

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    本間悠

    歴史豊かな佐賀県は、あちこちに歴史的な建造物があり、伝統工芸をはじめとする日本文化に触れることができる場所です。趣味は読書とお酒の現役書店員が、魅力ある佐賀カルチャーの今を発信します! TwitterID:@honyanohomma

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    高原陽子

    広い空、新鮮な食材、おいしい空気。佐賀はどこを訪れても元気をもらえます。佐賀生まれ、佐賀育ちのフリーライター。海外取材のときは、必ず佐賀の米と佐賀海苔をスーツケースに詰めていきます。一番かわいいと思う生き物は有明海に生息するムツゴロウです。

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