佐賀県佐賀市を通る長崎街道は、シュガーロードとも呼ばれ、江戸時代から独自のお菓子文化が残っています。2020年には「砂糖文化を広めた長崎街道~シュガーロード~」が文化省による「日本遺産」に認定されました。丸房露や羊羹を始めとする伝統銘菓から、原材料にこだわった佐賀ならではの創作菓子まで、趣向をこらしたお菓子をご紹介します。
大隈重信も愛した、甘くてまあるい「丸ぼうろ」
佐賀県民にとっては、物心ついた時からあるのが当たり前、という丸ぼうろ。ポルトガル語で「ケーキ」という意味の「ボーロ」に由来し、小麦粉、卵、砂糖などシンプルな原料で作られ、やさしい甘味とふわっとした独特の食感が特徴です。2020年には「砂糖文化を広めた長崎街道〜シュガーロード〜」が文化庁による「日本遺産」に認定され、主な文化財の一つとして佐賀市からは丸ぼうろが選ばれました。
丸ぼうろの起源は諸説あり、一つは佐賀銘菓の老舗「鶴屋」の二代目店主・太兵衛が長崎の出島で南蛮渡来の製法を学び、佐賀に持ち帰ったと言われています。あの大隈重信も佐賀帰郷の際、「鶴屋」で味わった丸ぼうろが忘れられず、明治中期には十一代目店主・善吉が職人と共に東京の大隈邸に呼ばれ、庭に窯を築いて丸ぼうろをふるまった、という逸話も残っているほどです。
老舗御菓子店「鶴屋」は、1639(寛永16)年に佐賀で創業。かつては御用菓子司として佐賀藩主に菓子を献上していました。
二代目が生み出した丸ぼうろは、実に300年以上のロングセラー!一つ一つ手作りという、昔から変わらない製法でありながら、時を重ねると共に改良を重ね、時代に受け継がれている銘菓として今日に至ります。
「鶴屋 佐賀本店」の店内には、代々使われてきた菓子の木型がインテリアの一部としてディスプレイされています。さらに江戸時代から伝わる「鶴屋文書」(非公開)には、丸ぼうろをはじめ、さまざまな菓子の製法が記されているのだとか。
現在「鶴屋」を仕切るのは、十五代目の一博さん。商品の中には佐賀県産の柑橘・クレメンティンで作った「丸房露のためのマーマレード」(600円)など、他にはないユニークなものも。代々続く家業を守りながら、時代の変化に合わせ、新しいことにもチャレンジしていく姿勢は、生粋の佐賀っ子の「性」なのかもしれません。
鶴屋 佐賀本店
華やかさと風合いをイメージした「さが錦」
佐賀の定番のお土産の一つともなっている佐賀銘菓「村岡屋」の「さが錦」。小豆を混ぜた「浮島」と呼ばれる生地に山芋を練り込み焼き上げたものをバウムクーヘンで挟み、チョコレートで張り合わせた和洋折衷のお菓子です。
この美しい佇まい、実は伝統織物「佐賀錦」がモチーフ。気品ある華やかさと風合いを出すために、開発に4年もの歳月を費やしたといいます。
「さが錦」が誕生したのは1971(昭和46)年10月。独特の方法で焼き上げるバウムクーヘンは、まるで織物をおるように一層ずつ丁寧に重ねられていきます。熟練の職人の丁寧な手仕事により、優美な紋様が浮かび上がるのです。「さが錦」1棹(左:756円)は、小豆と栗の2種類。「さが錦」(右:140円)の個包装には、小豆と栗のミックスです。
「村岡屋」は1928(昭和3)年に佐賀市にて、「村岡羊羹店」として創業した老舗。現在では佐賀市の本店をはじめ、佐賀県内と福岡県と併せて22店舗あります。写真の店舗は「村岡屋 本店」です。
「村岡屋 本店」では、「さが錦」をはじめ、小城羊羹、丸ぼうろなど佐賀の銘菓を取り揃えています。また「さが錦」は季節限定でキャラメル(11月〜1月)、お抹茶(4月〜6月)なども登場。さらに、生クリームとスポンジ生地をさが錦のバウムクーヘンで巻いたロールケーキ「さが錦ロール」(1620円)もあり、店舗&数量限定で販売中です。
村岡屋 本店
中は空洞の不思議食感、甘く香ばしい「逸口香」
逸口香(いっこうこう)は、江戸時代中期に中国から伝わったと言われる佐賀の銘菓です。小麦粉と水飴を合わせた生地に、黒糖と生姜の餡が入ったもので、同じお菓子が長崎県や愛知県では「一口香」、四国では唐饅(とうまん)と称されています。
その特徴は中が空洞なこと。黒糖の餡が生地に張り付き、膨張するためです。このことから別名「からくりまんじゅう」とも呼ばれています。独特な食感を生み出す逸口香の作り方を教えてもらいました。
逸口香の店舗は、昔はシュガーロード沿いに多く点在していました。現在では佐賀市内で製造するお店は数店しかなく、貴重な存在となっています。
「源八屋」は創業90年以上の老舗で、4代目の店主が逸口香を製造しています。材料は佐賀県産100%の小麦粉、麦芽水飴、沖縄県産100%の純黒砂糖、生姜など。餡は黒砂糖と生姜を手捏ね。餡が包まれた生地を一つ一つ手で丸め、平たくし、鉄板に並べていきます。
460度以上に加熱したオーブンで焼き上げます。この時に、黒砂糖の餡が生地の中で両面に付いて熱で膨張し、中が空洞になるのです。両面がこんがりとキツネ色に焼き上がったら、鉄板の上で粗熱をとり完成。生地に麦芽水飴を使っているため、サクッと香ばしい食感に仕上がっています。
「源八屋」の逸口香。左が5個入(378円)、右が7個入(756円)。「源八屋」は製造メーカーですが、直接買いに来られた方には販売しています。商品は佐賀市内の直売所やスーパー、温泉施設、空港、コンビニなどで購入することができます。
また、2022年4月には、逸口香の新商品「Chaiko(チャイコ)」(各540円)が完成しました。若い人にもっと味わってほしいと、うれしの紅茶振興協議会とコラボして開発。材料にシナモンを加え、ミルクティーと一緒に味わうことで「チャイ」のような風味を感じられます。左が逸口香4個入り、右が逸口香2個とうれしの和紅茶のティーバッグ1個のセットです佐賀駅前の「SAGAMADO」や直売所「吉野麦米」、道の駅大和・そよかぜ館、道の駅吉野ヶ里 さざんか千坊館、佐賀玉屋、佐賀空港売店sagairなどで購入可能です。
写真提供/源八屋 佐賀(3・4枚目)
源八屋
日本遺産にも認定された「小城羊羹(おぎようかん)」
長崎街道の宿場町、牛津を含む小城市。小城鍋島藩の城下町だった静かな街並みが残る界隈には、現在も22軒あまりの羊羹専門店が軒を連ねています。明治期に誕生し、100年以上の歴史を誇る小城羊羹は、2020年に文化庁の日本遺産に認定された「砂糖文化を広めた長崎街道〜シュガーロード〜」の構成資産にも指定されました。
「小城羊羹」という名称を最初に考案したのは、創業1899(明治32)年の老舗、「村岡総本舗」の初代でした。今で言うご当地グルメとして全国にその名を知られるようになり、昭和の初めまでは、長期保存食として陸軍や海軍でも重宝されたと言います。需要に応えるため砂糖専用の蔵まで築かれ、現在は、本店隣に羊羹資料館として公開されています。
資料館内(入館無料)には、明治時代から使われてきた羊羹づくりの道具など、貴重な資料がわかりやすく展示されています。村岡総本舗副社長の村岡由隆さんによると、現代は和菓子の選択肢も圧倒的に多くなっているものの、佐賀県民の羊羹購入額を見ると全国平均の2.5倍あり、今でも馴染み深い存在だと言います。
伝統製法で作られた洋館は、表面の糖分が固まったシャリ感が特徴です。粒餡で作る定番の小倉のほか、北海道産の白いんげん豆を桜色に染めた紅煉(べにねり)や、抹茶を合わせた羊羹も人気です。上質の材料だけにこだわって、何種類もの羊羹が作られています(いずれも1本800円)。黒豆羊羹(1620円)は10月〜1月だけの限定商品。
もっと気軽に羊羹に親しんでもらいたいと、旅のついでに手軽に買える商品もいろいろ。食べ切りサイズの小型小城羊羹は1個130円。福岡県柳川市のアイスメーカーとコラボした、凍らない羊羹を丸ごとミルクアイスに入れたようかんアイスキャンデーは216円。小城の街を歩けば、シンプルなのに奥深い、優しいスイーツに出合えます。
村岡総本舗
カステラ×羊羹の元祖スイーツサンド「シベリア」
小城羊羹の老舗、村岡総本舗が2019年に発売を開始した「シベリア」。一見、新しい洋菓子のようですが、関東の方では明治〜大正の頃から食べられていたという、歴とした和菓子です。カステラの間に羊羹が挟まれていて、砂糖が高価だった時代を考えると実に贅沢な一品。さらに、カステラといえば長崎、そして長崎街道にもほど近い小城の羊羹…。まさに「シュガーロード」を象徴するようなお菓子とも言えます。
九州では馴染みの薄かった「シベリア」を、羊羹屋である村岡総本舗がつくる際にこだわったのが、北海道産小豆を使った自家製餡を生かすこと。自慢の羊羹の上下に粒餡の層を設けることで、より柔らかく風味も豊かに。そしてカステラには、しっとりとした「ポルトガル風バターカステラ」が使われ、優しい甘さに包まれています。
このお菓子のもう一つの魅力がパッケージ。まるで外国の石鹸のようなかわいいデザインが人気です。写真の「シベリア」(486円)の他、ホールケーキのような「丸シベリア」(3240円)や、長崎カステラの間に、こし餡と切り羊羹を挟んだ「三角シベリア」(1箱2160円)という限定商品もあり、どちらも事前予約をすると買うことができます。
「シベリア」の誕生と同じ、明治時代後期に創業した村岡総本舗の本店や県内7箇所の支店をはじめ、かわいくて手軽な佐賀みやげとして、お土産店やセレクトショップなどでも売られています。